水槽の朝

あなたへ

はじめに

 津々浦々のSNSに片っ端から登録して、実際に運用するかはさておきアカウントを開設し続けてきた自分なのですが、ブログを持ったのは初めてです。ブログにほど近い存在である(というか、ブログとして使っていた)Tumblrやら、自称ミニブログであるらしいTwitterのアカウントなら売っても売り切れずに腐るほどあるのだけれど。なんだか新鮮なので、珍しく敬体です。衝動的に動いてしまう人間なので、過去にも捨てられてしまったログツールが多数あるのだけれども、更新が止まったらそういうことだと思ってください。

 さて、はじめに、最近はじめたこと。Twitterアカウントを断捨離して日記帳をつけ始めました。冷静に考えてみたときに、思考や感情のすべてが電子の海に垂れ流されて、瞬間的に8ふぁぼくらいもらえたら満足してそんなツイートのことなんて忘れてしまうのは、どれほど勿体ないことなのだろうなあと。日々の思いつきだとかちょっとした所感を手帳にメモして一日の終わりに見返す。これだけで生活の質がまったく変わります。タイムラインに流すことによって脳から剥がれ落ちていたひらめきの種を、培養できる土地ができたわけですから。

 そんな中でどうしてブログを始めてみたのか。簡単に言うと、今日の日記を書きながら「他人に見せることを前提としたうえで成文化した方がよい場合もある」と気付いたからです。それは、一人でも多くの人に見てもらいたい殊勝なアイデアや秀逸なひらめきなんかでは決してないのだけれど、誰かに見てもらいたくなるようなこと。むしろ、誰も見ていなくたっていいから、誰かから見てもらえる状態に置くこと。ここが本質です。

 つい先日、これまで傾倒していた趣味―もはやそれに対する愛はなくなっていましたから、趣味と呼ぶのはおかしいのかもしれませんが―を思い切って断ってしまって、新しい自分の居場所を作ろうと思い立ちました。そうと決めたからにはすぐに行動せずにはいられず、いくつかのTwitterアカウントを削除して、大好きな歌を活かせるような、新たな特技をも生むことができるような経験をしていきたいと、大学のミュージカルサークルに入会希望のメールを送りました。そして最初のメールから一か月ほど経った今日、やっと活動に参加してきたというわけです。それはそれは大きなインスパイアを受けたし、それはそれは歌いたくなったのですが今日の本題は感想ではありません。

 いわゆる「出来上がっている空間」に踏み込むのには、計り知れない勇気が必要だということ。飽き性なので頻繁にバイト先を変えるのですが、初日はとにかく疲れます。「仕事をたくさん覚えなくてはならないから」とかの理由もあるのだろうけど、おそらく「自分以外の人間で出来上がってしまっている空間に部外者として溶け込もうとする」という行動に、自分の想像をはるかに超える体力を使っているのだと思うのです。もともと見知った人たち―「Twitterでフォロー・フォロワー関係だった」「LINEで会話したことがある」も含めて―の中に溶け込むのは、自己紹介という大きな壁が取り払われているという点で先ほど述べたまったくの新天地への投身よりもよほど気が楽でしょう。自分は社交的なほうではあるのだけれど、今日は(というかいつもそう)仲良く会話している人たちの中に入れませんでした。コミュニケーションが苦手というよりは、完成されていて心地良いであろう会話を、未だ不協和音のような存在である自分が割って入ることによって乱してしまうのが嫌だからです。そういうわけなので、ひとりでいる人にならば声をかけて会話を始めることができます。「新しいことを始めるのが怖い」と思っている人の中には、「新しいことを始めた先にいる人たちに溶け込まなくてはならないのが怖い」という人も一定数いることでしょう。

 今日はそのまま帰ってきてしまったのだけれど、引きこもり体質と積極性のなさを改善するために決意したことだったのを思い出して反省しました。変わりたい、ならばどうすればいい?と考えて自分で進めるようになっただけ成長したとは思いますが、こんなところで満足していてはいけませんね。